コラム

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    さくらんぼヒストリー

    2025.09.07

    35th🍒ヒストリー6「日本教育新聞」(1991-94)

    公民館の学習活動と日本教育新聞記者の二足のわらじ。 鬼デスクのもと文部省(当時)、学校、関係機関を走り回る。 日本LD学会設立(1992)当日は特集号を東京学芸大学校門前で配布。 連載「学校を支える人々」担当、素晴らしい出会いに学ぶ。 ときは、特別支援教育夜明け前。 教育、医療、福祉…新しい取り組みに挑戦する人々と、制度を変えるにはあまりに長い年月がかかる現実。
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    さくらんぼヒストリー

    2025.09.05

    35th🍒ヒストリー5「活動開始!」(1990)

    「障害をもつ子どもたちの学習の場」さくらんぼ教室は、江戸川区の地域サークルとしてスタート! 「さくらんぼ🍒」は親子の繋がりから名付けました。 「文字や数字がわかったら将来きっと役立つ」 「学校以外にも通う場がほしい」 養護学校や特殊学級(当時)に通う子のお母様方の願い。 ボランティアで助けてくれたのが東京福祉専門学校の学生たち。 手探りながら子どもたち一人ひとり
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    さくらんぼヒストリー

    2025.09.04

    35th🍒ヒストリー4「つくしんぼ教室」(1987)

    「つくしんぼ教室」の母·工藤先生のもとで修行、 指導マニュアル「障害をもつ子の指導のために」(1987)を全国の教室へ。 スモールステップの公文なら一人ひとりに合う指導ができる。 楽しく学習し、子どもの可能性を信じてたくさんほめて…。 ワープロと手描きイラストで作成。 「障害をもつ子」という表現も「障害」の理解も限定的でしたが、思いは変わらない。 公文の良さを感
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    2025.09.03

    35th🍒ヒストリー3「つくしんぼ合宿」(1986-)

    公文教育研究会の社員として、毎年夏は「つくしんぼ合宿」を担当。 全国の教室から障害をもつ生徒、家族、先生が大集合、新宿からバス5台で御殿場へ。 公文を担う多くの社員が部署を越えて参加し、子どもたちとグループを作って濃い2泊3日を過ごしました。(伊庭)  
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    さくらんぼヒストリー

    2025.09.02

    35th🍒ヒストリー2「KUMON」(1986)

    大学卒業後、新入社員として、公文教育研究会入社。 教材制作、指導研究を担う「教務部」で素敵で個性的な上司·先輩に育てられる。 公文教室に障害をもつ子が多く通い「もっとこの子どたちのために!」と先生方が声をあげ始めた時期。 北海道~沖縄まで全国の教室を取材、情報誌「つくし」で発信した。 どの地域にも障害をもつ子どもたちがいて、カバンに筆箱を入れて嬉しそうに通ってくる。
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    さくらんぼヒストリー

    2025.09.01

    35th🍒ヒストリー1「はじまりの前」(1985)

    私の「障害児教育実習」は千葉県立四街道養護学校「重心(重度心身障害)学級」。 病棟のベッドサイド学習はおむつ交換から(当時)。 初めてのことに戸惑いつつ、子どもたちの眼差しや表情の力強い発信と、それらをキャッチして愛情深く導く先生方の教育力に衝撃を受けた。 「正常児に近づけるのではなく、子どもたちから学び共に生きようとする姿勢が大切」実習記録にたくさんメッセージをくださった先生、
  • さくらんぼ教室だより(代表)

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    さくらんぼヒストリー

    2025.09.01

    35周年さくらんぼヒストリー① 🍒だより2025-09月号

    🍒電車から降りようとしてすれ違った男性の面影にかすかな記憶。思い出すよりも先に「たくちゃん!」とお名前を呼んでいました。「・・・たくちゃんです」と隣のお母様、「さくらんぼのイバです」「あ~っ!」・・・で発車。一瞬の再会に当時の記憶が蘇ります。幼稚園帽子のゴム紐をひっぱったりお口に入れたりしていた可愛い男の子。当時の第1号教室は駅から徒歩10分の小さなワンルーム。たくちゃんはまだ言葉も少なく鉛筆で書
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